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「ら抜き言葉」って気にしたことはありますか? [日常の出来事]

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yahoo japan ニュースさん掲載の記事を読んでいましたら、私自身気になっていた内容がありましたのでご紹介させて頂きたいと思います。









今日は「ら抜き言葉」を話題にしてみました。









文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」では、「ら抜き言葉」を使う人が、使わない人の割合を初めて上回ったそうです。









ところで「ら抜き言葉」どんな言葉?









ちょっと説明しますね。









「見られる→見れる」「食べられる→食べれる」ね、両方の使い方普通にしていますし、何も問題を感じたことはないと思います。









私は、普段話をする時には「ら抜き言葉」で、文章を書くときには「ら抜き言葉」は使わないようにしていました。









この「ら抜き言葉」は、一部の方にあまり評判がよくない使い方とされているのです。









最近、「ら抜き言葉」に関するツイートが話題になったそうで、「島田教授の日本語史講座、面白すぎる! 『ら』抜き言葉で抜けているのは『ら』じゃなかった!」という投稿が11月3日にされました。










島田教授は二松学舎大学で、ことばの歴史的な変遷を研究する「日本語史」という分野を専門にしている先生です。










抜けているのは「ら」じゃない?









島田教授に話を聞いてみたそうです。










「ら抜き言葉」はその名のとおり、可能の助動詞「られる」の「ら」が抜けたと取られるのが一般的です。









しかし、抜けているのは「ら」ではなく「ar」だ、とする見方も成り立つのだそうです。









ローマ字で書いてみると









「mirareru→mireru」 「taberareru→tabereru」








あっ!ほんとうだ









この「ar」抜き現象、「ら抜き言葉」に限らず、可能表現全般に起こっているといいます。









「行く」「歩く」の可能形として使われている「行かれる」「歩かれる」。









「用事があって行事に行かれない」「そんなに遠くまで歩かれない」など、特に上の世代や、かしこまったシチュエーションなどで使われています。









この表現に対して、室町時代ごろから「行ける」「歩ける」といった可能動詞が生まれ、もともとあった「行かれる」「歩かれる」と併用されるようになったそうです。










対して「見られる→見れる」のいわゆる「ら抜き言葉」が登場しだしたのは、大正・昭和時代からだそうです。









若い人には「行ける」「歩ける」の方がなじみ深いかもしれません。









「行かれる→行ける」「歩かれる→歩ける」の変化をローマ字で書いてみると









「ikareru→ikeru」 「arukareru→arukeru」









となり、「ar」が抜けていることがわかりますね。










島田先生によると「言葉づかいが、話し手の知性や品性を表す目印となる場合もあるため、世代を超えて通じる『正しい』日本語を身につけることは、もちろん大切だといいます。










しかし、日本語を研究する人間としては、新しい世代の新しい言葉づかいに対して、『正しい』『正しくない』だけではなく、『言葉が変化している』というまなざしも持ってほしい」と期待しているということです。










なるほど〜ぉ 奥が深いんですね〜。










明日も引き続き、気になる「言葉」について書いてみたいと思います。










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