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アイヌ「恋まりも伝説」は創作 [最近のニュースから]

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北海道旅行をされた方、沢山いらっしゃると思います。   









見物コースで、釧路市の阿寒湖を訪れた方はアイヌ民族の伝説として「恋まりも伝説」を聞いたことがあると思います。










まりも.jpg
フリー画像からお借りしました










「恋まりも伝説」とは


その昔、阿寒湖畔の小さな村に美しい娘セトナがおりました。


セトナはその村の酋長の娘で、酋長が定めた男と結婚する約束がありました。


ところが、セトナはそのしもべ、マニベといつしか恋仲となってしまいました。


マニベがしもべであるために、二人の恋はついにかなわず、やがてセトナは約束の男と結婚することになりました。


けれども婚礼の夜、セトナはマニベを忘れることはできず、遠くから聞こえるマニベのかなでる美しい草笛に誘われて湖畔にさまよいいで、月淡き湖に二人は丸木舟で沖に漕ぎ出しました。


この世に結ばれぬ運命を故郷の湖底に結ぼうと身を投げたのです。


酋長をはじめ村人も、二人の深く清い心をそのとき初めて知り、二人の永遠の幸せを祈りました。



セトナとマニベの激しい恋の魂は、まもなくマリモの姿と変え、湖の中で永遠に生きて行き続けていると伝えられています。


阿寒湖では、いまでも相愛の男女がマリモに祈りをささげると、いつまでも幸せになるといわれています。
マリモの会さんのホームページより抜粋









その伝説は創作だったようです。









恋まりも伝説を書いたのは、大阪市の元出版社の社長永田耕作さん(故人)です。









釧路市教委マリモ研究室の所長は十数年前に、朝日新聞社の公募小説集「山の伝説と情話」に同じ物語が掲載されていたこと、そして作者を突き止めていたそうです。









永田さんの息子さんが、釧路市教委へ創作を裏付ける資料の寄贈の申し出があり裏付けが取れました。









アイヌ民族や研究者の間では、和人による創作という見方もされていたそうです。








永田さんは、釧路に住んでいたときに親しくなったアイヌ民族から聞いた話を基にして書いたということです。








阿寒観光協会まちづくり推進機構は、出典を明らかにした上で、今後も語り継いでいけばと話しているそうです。








大正11年(1922)に発行された朝日新聞社の公募小説に収められた物語が、大正13年(1924)発行の「アイヌ伝説と其情話」に収録されたんでしょうね。









アイヌの伝説のままで良かったんですけどね。









ちょっと残念な気がします。













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