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「ふるさと納税」の目的は? [最近のニュースから]

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ふるさと納税1.png
フリー画像からお借りしました








平成20年度の税制改正によって、「ふるさと納税」の導入が開始されましたね。








導入の経緯の最も大きな要因としては、地方と都市の税収格差が無視できなくなったことがあげられます。







4月1日に総務省より「ふるさと納税」の返礼品の調達費を寄付金の3割り以下に抑えるという通達が出ました。








最近は、「ふるさと納税」の返礼品が高価になり過ぎているように感じていたところでした。








しかし、地域によっては地元の特産品のPRを兼ねての返礼品であることも忘れてはいけないんですね。








また、ある自治体では地元特産の牛肉を返礼品としていたそうで、酪農家も設備投資や人員を増やして増産体制を整えていたそうです。








これで、各自治体が一律に返礼品を見直した場合、そのしわ寄せが生産者にいってしまっては話になりませんよね。








その辺は、柔軟に対応して頂きたいと思いました。








ところで、開始から2年経していた返礼品を止めてしまった自治体があります。








その極端な決断をしたのは、埼玉県所沢市です。








現在の返礼品のあり方が、本来の理念からかけ離れているという考え方からなんです。








所沢市の藤本市長さんは、朝日新聞さんの取材を受けた際に、返礼品を止めた理由をこの様に話したそうです。







止めた理由は。



「どこの返礼品をもらおうか」とか、テレビ番組の返礼品特集とか、理念と違う。自治体がほかとの差別化を意識し、終わりなきレースになっている。しかも参加したら最後、闘い続けなければならない。とすれば、降りるしかないというのが今回の決断だった。


――レースがつらくなった?


違う。レースを続ける体力はある。所沢市は山岳テントや天体望遠鏡、ファッション性のあるイヤホン、ローストビーフ、遊園地のチケットなど地産の商品やモノはたくさんある。だが、これらをレースに使うあり方が、本来の理念からかけ離れている。


本来は自分を育ててくれた、世話になった場所に感謝や応援する趣旨だったはず。それをモノで釣って、よその自治体に納められるはずだった税金を自治体間で奪い合う始末。納税者もモノを得ることに夢中だ。他の自治体から奪う必要はなく、救われるべき弱小自治体にふるさと納税されれば、それで構わない。


そもそも納税とは、民主主義社会への参加ケンですよ。


――参加ケンとは?


教育や介護などの福祉、インフラをみんなで支えあうという民主主義社会をつくる資本が税金だ。納税は、その参加権であり参加券だ。今のふるさと納税はその理念と離れている。その参加権と参加券を出し合ってこその民主主義社会ではないかと思う。


――財政的にも疑問を感じていると。


税は累進課税が原則。ふるさと納税はお金持ちほど見返りが大きい構図だ。誤解を恐れずに言えば、きちんと所沢市に納税すべき人ほど、おいしいモノが得られる。


所沢市の2016年度の納税実態は、よその自治体に行った額は約1億7千万円、よその自治体から来た額は約3700万円。しかも、その4割は返礼品に消えた。


所沢市の福祉や教育に使われただろう税金が返礼品になり、すべてモノ(物)として消費されたということ。行政で大切なのは市民へのモノではなくコト(事)だ。


――コトとは何か?


自分たちが住む街の未来を拓(ひら)く施策のことで、所沢市なら緑の保全、教育の充実、子どものための施策や文化振興策。首長にも、市職員にも市民のためのコトの実現こそが大切だ。返礼品返上議論は、民主的なふるさとづくりという本来の視点を、市長の私に深く考えさせた。







そうなんですよね。








そもそも、首都圏にある自治体は、返礼品をする必要がないはずなんです。








都会の財政的に潤っているであろう自治体から、「ふるさと納税」という手段を使い、財政が困窮しているであろう自治体への分配が目的なんですからね。








だからこそ、総務省の何でもかんでも一律に、同じ条件で縛るのはあまりにもお役人的な手法ではないでしょうか。








「ふるさと納税」とは何が目的なのか?そして最も大切なことのは、私たち納税者が「真心」を忘れてはいけないということではないでしょうか^^








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